神域篇:01
気が付くと私は存在していた。
そこは見渡す限り白が続いていて、終わりがないように見えた。
私はたった今、生まれたのだ。
自分が何者なのか、此処は何処なのか、何もわからない。
何故私は知らないということを知っているのだろうか、私は生まれたばかりのはずだ。
いや、それも確かではない。
ただ私がそう感じただけであって本当はずっと前から存在しているのかもしれない。
だが確かめようが無い。
私は今しか分からない。
私はどうすればいいのだろうか。
私は歩き始めた。
神域篇:02
白の大地はどこまでも完璧に整っていた。
僅かな起伏は疎か、傷一つなく、塵や埃も何も無かった。
そして私の影が落ちることも無かった。
前進出来ているのかすら分からない、右も左もない。
私は何処へ向かっているのだろうか。
突然、凄まじい風が吹き荒れた。
私は姿勢を保てず膝を付いてしゃがみ込み、腕で顔を覆った。
風と共に赤い液体が飛んできて私と白を汚した。
私は反射的に目を瞑ってしまった。
再び目を開けた時、それは現れていた。
ヒトの様な、神の様な、異形の存在が。
神域篇:03
「遅かったなキリィ、143,078,402,965,063,714秒くらいか」
酷く歪んだ声で聞き取り難いが、間違いなく目の前にいる異形が発している。
キリィと言うのが私の名前ということは分かるが、それ以外は分からない。
私は生まれて間も無いはずである。
「私は神に造られし最後のKであり、最初に目醒めたKである。キリィよ私が導こう、地上で君を待つ者がいる」
そう言いながら左手を差し出してきた。
私はこの異形を知っている、これはK-11だ。
K-11の手を借りて立ち上がると、さっきまでは何も無かった場所に扉が現れていた。
扉に枠は無く、戸だけが空間を切り取った様に存在していた。
扉を開けると何処までも黒が続いていた。
白と黒の境界を跨ぐと同時に私の意識は途絶えた。
神域篇:04
気が付くと私は椅子に座っていた。
椅子は1つとして同じ色のものはなく、私が座っているものを含めて11脚が円形に設置されていた。
「待ちくたびれたよ、キリィ」
紫の椅子に座っている女、キーラが首だけをこちらに向けながら話しかけてきた。
「ボク達の任務は殆ど終わってしまったんだ、もう必要ないかもしれないけど渡しておくよ」
白いヘルメットの様なもの、回転式拳銃、茶色の板状のものを受け取った。
メットと銃の使い方は分かるが、板状のものが分からない。
「食べればいいんだよ、嚙み砕いたり舐めたりして体内に取り込めばいい」
少しの苦味を感じたが残りは甘い、かなり甘い。
何故だか懐かしい気がするが、私は何を懐かしんでいるのか分からない。
キーラはもう喋る様子はなかった。
神域篇:05
黄の椅子に座っていた継ぎ接ぎの男、キュロスが立ち上がった。
「K-11は一緒ではないのか」
意識が戻ってからK-11の気配を感じ取れていない、何処か別の場所にいるのだろうか。
「まあ、どうとでもなるか。君はあの扉の向こう側に行けばいい」
そう言いながらキュロスは私の後方を指差した。
また枠の無い扉だが、酷く歪んでいる。
こちら側からしか開けられなくなっている様に見える。
しかしそれよりも、11脚の椅子に対してこの場に4人しかいないことが気になる。
「それも向こう側に行けば分かる、あの扉には通行料が必要なのさ」
そもそも此処に戻ってくることはあるのだろうか。
扉へ向かうため、私は立ち上がった。
神域篇:06
緑の椅子に座っていた隻腕の男、キサラアシパは何時の間にか私の後ろにいた。
「持って行け、俺にはもう必要ないものだ」
使い込まれた狙撃銃と弾倉1つを受け取った。
「瀬戸工廠との接続は切れている、それで最後だ」
それだけ言うとキサラアシパの姿は消えた。
気付けばキーラとキュロスも消えていた。
残りの6つの椅子にも座るべき者達がいる事を私は知っている。
だが名前も顔も分からない、存在しているのかどうかすら分からない。
今は先に進むしかない。
歪んでいる扉は触れるだけで開いた。
境界を跨ぐと私の意識は途絶えた。
神域篇:07
気が付くと私は階段の途中に立っていた。
上の方は途切れていることが確認できるが、下の方は霞んで先が見えなくなっている。
K-11は私の横にいた。
「手順の修正は完了した、これ以上は無いだろう」
ここは何処なのか。
「かつての神に近い存在だった魂の居場所」
しかし此処には私とK-11以外の存在を感じ取れない。
「我々が不要な魂を砕いた」
説明を受けながら降って行く。
階段は永遠に続いている様に見える。
「終わりは全てに等しく訪れる」
神域篇:08
何段目だろうか、私は階段が直線ではなく弧を描いていることに気付いた。
降るに連れて視界が悪くなっていく。
雲でも霞でもなく、ただ空間が濁っていく。
「これを通り抜けれ………
K-11の声が遠くなっていく。
姿が見えなくなっていく。
K-11が階段を降り続けていることは気配で分かる。
声だけで無く自分の足音さえ聞こえなくなった。
別の気配を感じる。
あまりにも大きすぎる。
何故今になって気付いたのだろうか。
神域篇:09
『……ト…ウオト…ア…ニオ…マエ…ゴ…ウケンヲ……』
かなり劣化した音声が流れ始めた。
『待っていたよキリィ』
劣化してはいるものの、最初よりは明瞭な別の音声になった。
私はこの声を知っている。
『そう私が神だ、これは記録された音声情報である。手短に話そう、K-11は君の敵だ』
K-11は神の使いで私を導いているのではなかったのか。
『その認識は正しいが、間も無くそうではなくなる』
何故それを今伝えるのか。
『何回か試したが、ここが一番都合が良いんだ。時間がない、後はキョウヤに任せてある』
濁っていた空間が晴れ、明確な敵意がそこにいた。
神域篇:10
「私は私が邪魔をするのか、何度目の最初だ」
白だったK-11は赤に染まり音を立てながら姿を変えていった。
五つ眼の『敵意』に変わっていた。
「神に仇なす私は私が砕く」
耳障りな高音が発せられ赤い閃光が私を抉った。
閃光は中心を捉えていたが、私が動かされたことによって右腕が宙を舞った。
キョウヤが私を突き飛ばしていた。
「腕を回収しろキリィ、先ずは煉獄に向かう」
再び閃光が私を襲ったがキョウヤの手のひらで拡散し霧散した。
左手で右腕を掴むと転移が始まった。
気を失うことはなかった。
神域篇:11
そこは煉獄ではなかった。
「転移空間はどうだ」
無数の直線がどれ一つとして交わることなく散らばっていた。
私はその一つに立っていた。
「そのまま進めば煉獄へ至る、思い残すことはないか?」
キョウヤは私とは違う線に立っていた。
私が為すべきは何なのか。
「私が教えることも出来る、しかし神はそれを望んでいない」
神はどこまでも絶対な存在なのか。
「まさか、私は私の意思で神に従う。君も同じだ」
言い終えるとキョウヤは線の先へ消えていった。